縦走記録へ
縦走TOP 縦走概要 縦走行程 挑戦の軌跡 北部地図 南部地図 プロローグ
第1行程 第2行程 第3行程 第4行程 第5行程 第6行程 第7行程
第8行程 第9行程 第10行程 第11行程 奥秩父へ
両神山・帰途 コースタイム 食糧紹介 装備紹介 感想

本文
アルバム1
アルバム2 アルバム3
現地案内地図
地図1
地図2 3D図1 3D図2 断面図



8月11日(聖平小屋〜上河内岳〜茶臼岳〜希望峰・仁田岳〜易老岳〜三吉平〜センジが原・イザルが岳〜光小屋・光岳往復) 天候:くもり時々晴
<縦走10日目ついに南ア最南端の光岳に到達!全山達成!!>


 どうしてもやるからにはやらねばならないだろう。それも1日でできるなら1日で終わらせたいと思った。光岳から柴沢(寸又川林道の光岳登山口)まで3時間、更に林道をたどって寸又峡温泉まで10時間、合計ざっと13時間。それに休憩を入れるともっとかかるだろう。しかしこの日は最終日の上に後半はほとんど林道歩きであり、暗くなっても歩けるだろう。行動時間を考えると、朝5時に出発して夜11時までに着くとすれば18時間。実際そこまで長くかからないにせよ、日付が変わらないうちに着きたいのでこのような日程とした。そしてそれを「鈴鹿8耐」ならぬ「寸又18耐林道歩き」と命名した。

 それはさておき、3:10にようやく起きたが、周りは2:30頃から動いていた。朝飯は梅干茶漬とした。4:08に早くも阿部君が出発した。私もテントを撤収し、出発の準備にかかった。川口さんが「南ア縦走で終わりじゃないですから。終わりが始まり。」と言った。彼は昨年5月に大峰山脈の奥駈(おくがけ、吉野〜熊野)を縦走したといい、私にその奥駈の縦走や日本列島横断を勧めてくれた。日本列島横断についてはルートを自由に考えるとの事だった。そして4:30に川口さんは出発し、別れた。

 私も5時近くに出発し、聖平に戻ってからまず緩い登りを行き、そしてやや急な登りとなってハイマツ帯となった。南岳を越えるといよいよ尾根道らしくなり、右側がガケになっている様だった。後から光岳を目指すという女性が来た。二重山稜となり、縦走路は東側の稜線寄りの窪地をとっていた。6:30過ぎに上河内岳の登り口に着いた。前日までとは違い、すっかりガスっていて肌寒いのが残念な所だ。休んでいる人もいて、上河内岳を往復している人のザックがいくつか置いてあった。10分少々休憩した後にザックをデポして頂上に向かった。ジグザグに一登りし、7時近くに上河内岳の頂上に着いた。標識は悪沢岳や赤石岳のものと同様だった。方位盤もあったが、あいにく展望が利かなかったのが残念だった。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大

 来た道を戻り、7:15過ぎにザックを背負って出発。やや急に下って行くと二重山稜の様な窪地の中を進んで行った。7:30過ぎに竹内門を通過した。2m位の岩塔が左右にあり、その間を抜けて行った。そして樹林帯の間にある草原の中をゆったりと下った。縦走路は稜線より西寄りとなり、ガレ場の登りを少々で再び稜線の樹林帯に戻った。8:15に一登りで横窪沢分岐に着いた。前日聖平キャンプ地で会った男性の一人が「私ここから下りますので頑張って下さい」と声をかけてくれ、私と握手した。ザックが5個程置いてあった。ここから左側に下れば茶臼小屋や畑薙第一ダムへ行ける。とうとうここまで来た。茶臼岳まであともう少しだ。

 緩い登りを行った後はジグザグな登りとなった。下ってくる父子の姿もあった。8:30近くに茶臼岳の入口に着いた。ガイドブックの地図では縦走路がそのまま頂上を貫いていっているが。そこからハイマツ帯を4分程登ってやっと茶臼岳の頂上に着いた。頂上は石が積み上がっており、標識は聖岳のものと同様に横書きになっていて、更に小さく南アルプスとも書かれていた。ここもあいにくガスっていて展望が利かないのが残念だ。天気が良ければ畑薙湖の方も望める所だっただろう。そんな中でも1人か2人はいた。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大

 9時近くに出発し、縦走路に戻った。道はより細くなり、草も生えていたりして人がより少ない感じがした。所々に石があって歩きにくい所もあった。9:20頃に仁田池のほとりに出た。池水は濁っているが、光が反射して周りの木々が映し出されていた。1人の女性が向かって来たが、光岳から戻ってきたと言い、今日聖平へ向かうという。更に行くと樹林帯となり、所々に展望が開ける場所があった。男ばかりの6人程の学生パーティーが向かって来たが、皆荷物が大きかった。左側に仁田岳が見え、緩い登りとなった。9:40頃に希望峰に着いた。ザックが3つ置いてあったが、その持ち主が間もなく仁田岳から戻ってきた。頂上は360度樹林に囲まれていて展望が利かない。指導標はあったが、光岳方面は「光岳」ではなく、「易老岳」と書いてあった。

 ザックをデポし、10時頃出発した。夫婦1組も戻ってきた。林の中を抜け、緩い登りを一登りすると10分程で仁田岳の頂上に着いた。ここも石が積み上がっていた。頂上は支稜線上であり、天気が良ければ大展望が期待できる所だ。しかし相変わらず展望がないのが残念であった。前日の聖平キャンプ地での話の中で、仁田岳は展望がいいので是非行くようにと勧められた。それでも行くだけ行ったという所か。標識は棒の先に札が付いているというものだった。10:20近くに出発し、来た道を戻った。そして昼飯とした。鮭茶漬飯を食べた後、カロリーメイトをかじった。男性2人がいてザックをデポして仁田岳へと向かって行った。依然として辺りはガスっており、風も少しあった。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大 クリックで写真拡大 クリックで写真拡大



 11時近くに出発、かなり急な下りとなった。その後緩やかな尾根道となったが、ガスが晴れて易老岳や大無間山が望めた。しかし光岳はガスに覆われていた。光岳をピストンして戻ってくる人が続々と来た。林の中の道だがここまで来ると深い森の南アルプス深南部の雰囲気が現れている感じだ。緩い登りを詰め、12時過ぎに易老岳に着いた。360度樹林に囲まれた広めのピークであるが、あまり頂上という感じがしない。指導標は1ヶ所に固まっておらず、方面ごとにあった。右手から下って行けば易老渡に下れる。このルートは光岳から最も早く下界に下る事ができ(林道歩きを含めても)、しかもヒッチハイクができる可能性もあり、そうすれば大幅に時間短縮できる。私も当初、池口岳のルートが駄目ならこれを下る所だった。

 男性2人に次いで若い男性1人いた。男性2人に全山縦走のこれまでのルートについて話すと、1人が「全山縦走なんてやるもんですね。我々なら2・3泊ちょこちょこですよ。」と言った。彼ら2人が去った後、私の昼飯時に仁田岳を往復した2人の男性が来た。又、若い男性は茶臼岳から光岳をピストンしてきたといい、これから聖平から聖岳をピストンして下るという。登山者入れ替わり立ち代りで、一時は最高8人頂上にいた。30分以上長居してしまったが、12:45頃に出発した。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大 クリックで写真拡大 クリックで写真拡大

 どんどん下って行くと緩やかな尾根道となった。一時イザルが岳と光岳の緩やかな山容が望めた。正面に三吉ガレが見え、更に進んでその横を通り過ぎると急坂を伴う小ピーク越えが2回あった。そしていよいよ林間の涸沢の登りとなった。途中10分程休憩している間に1人の年配の男性が先に行った。休憩後、私は彼のすぐ後について行った。登りはそれ程急ではないが、光岳への最後の登りは少々応える様だ。前にいる年配の男性に全山縦走の事を話すと、彼は「全山縦走する人は年に2・3人しかいない」と言う。歩いているうちに林間からお花畑となった。イザルが岳の上部が望めてくればあともう少しだ。

 14:30過ぎに静高平の水場に着いた。小屋の水場もここだというが、こことは別に小屋の南側にもある様だ。湧き水が出ていてひしゃくが置かれている。冷たくて旨かった。そこを過ぎると草原となり、「原っぱ」と言うにふさわしい所だ。これがセンジが原で、水場より5分強でイザルが岳への道との分岐についた。ガイドブックの地図にはイザルが岳への道は記されていなかったが、仁田岳同様前日の聖平キャンプ地での話に出てきた山だ。光岳は展望が利かないのでこの山にも行くといいとの事で、展望が良いそうである。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大 クリックで写真拡大

 ザックをデポし、しかもカメラ・三脚と記録帳のみもって出発した。緩い登りを5分少々で頂上の広いイザルが岳の頂上に着いた。頂上には標識はなく、棒が立っているだけだったが、ガスが流れており、それが切れて晴れている時に大無間山塊が迫っているのが見えた。後から光岳への登りで一緒だった年配の男性も登ってきた。来た道を戻るが、ハイマツ帯の緩い下りの時に左側に小屋が見えた。分岐に戻った所、男性2人がいた。彼らは先に小屋に行ってからイザルが岳を往復するという。15:20過ぎに出発、間もなく横に資材が置いてあった。もう少し進むと小屋が見えてきたが、2つあって奥の方の小屋は新たに造っている様だった。手前の青い屋根が現在の光小屋だろう。15:30にようやく光小屋に着いた。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大 クリックで写真拡大



 阿部君が待っていた。小屋のすぐ南脇がガレの縁であり、そこからの展望が良いとの事で何人かの人がそこから眺めていた。話によると、水場はこのガレ沿いに10分程下るとあるという。こちらの方が静高平の方より旨いそうで、東北の朝日連峰に例えて銀玉水と呼んでいた人がいた(静高平の方は金玉水)。それ位の違いがあるという(銀の方が旨い)。小屋に入り、テントの申込をして300円払ったが、全山縦走と下山ルートについて話すと小屋のご主人さんが「ここまで来たからには(寸又林道を)行くしか」と言った。やはり逃げる訳にはいかないのか。又、新しい方の小屋はこの9月に完成するそうである。ちなみに、’97年に廃業する前の便ヶ島登山小屋の案内書によると、光小屋の壁に「光岳登ってみればただの山」と落書きがあったそうで、その犯人は信州大WVの人だそうだ。このWVは北アルプス等で登山者からの食料荒らしで有名だそうで、テレビでも紹介された事があったという。

 キャンプ指定地に寄り、阿部君はザックを置き、私もテント等を置いて場所を決め、15:40過ぎにいよいよ光岳に向けて出発した。建設中の小屋の脇を通ったが、パワーショベルもあり、プレハブも建っていて作業員が何人かいて工事していた。出発して7分程で寸又川林道への道を左に分けた。標識には寸又峡温泉と書いてあった。あとは林の中の緩い登りだ。阿部君と翌日については話し、彼は「2時起き4時出発」と言った。又、水場については林道沿いにいくらでも沢が流れており、汲んでおく必要もないとの事だった。彼はより詳しい地図を持っているのだ。頂上近くなると「大井川源流部原生自然環境保全地域」の看板があった。最後の詰めはやや急になった。

 16時近くについに南ア最南端、そして日本最南の2500m峰である光岳の頂上に到達した!これで南アルプス全山を達成できた。そして自身の百名山は39座達成となった。それにしても大雪の縦走を達成してからここまでの道のりがあまりにも長かった。’94年に大雪横断縦走を達成し、更なる挑戦をすべく南ア全山縦走の計画が立った。だが’95年敗退、’96年挑戦見送り、そして満を持して臨んだ’97年も思いがけない台風の襲来により、無念にも断念となった。大学時代の最後の最後に遂に「有終の美」を飾る事となった。今回は神様も味方してくれたか。「有終の美」、これは高校時代達成されなかったものだった。

 頂上はやはり樹林に囲まれ、展望が利かなかった。ここまで南にくれば標高2500mを越えても樹林帯となるのだろう。易老渡や畑薙第一ダムから登って来たならば、折角長く辛い登りの末に着いたのに頂上が樹林に囲まれて展望が利かないのではがっかりといった所か。「登ってみればただの山」というのもわからなくもないが。阿部君の話では光岳の標識はただの木の札だと聞いたというが、実際はそんなちゃちいものではなかった。何と悪沢岳や赤石岳と同様のものだったのだ。このような頂上標識は南アルプス全体から見ても多いようだ。南部は特に多く、北部でも北岳や間ノ岳にもあり、仙丈岳も昨年はこのような標識も立っていた(今回は倒れていたが)。南アルプス以外では奥秩父のみずがき瑞牆山もそうであった(’96年奥秩父主脈縦走にて)。更にガイドブックの写真を見た所、安部奥の山伏も同様だった(標識は「山伏岳」)。

 私は頂上に着くと「全山縦走万歳!!」と叫んだ。私と阿部君の他に年配の男性が1人いた。彼に写真を撮ってもらい、「ザック挙げ」を行った。これで南アルプスの「深田百名山」10座すべてにおいて「ザック挙げ」を行った事となった。そしてそのザックから横断幕を出して掲げた所、彼はびっくりした様で、記念に撮らせて欲しいという事で彼自身のカメラでも撮った。阿部君のカメラは何とレンズ付きフイルムで、最後の1枚残したと言っていたが、結局空になっていた。それで私のカメラで彼の光岳での証拠写真を私が撮った。最後に私と2人並んでいるところを年配の男性に撮ってもらった。阿部君が「夜叉神からってのは脱帽もんですよ」と言った。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大

 そして荷物を頂上に置き、2人は光石を見に行った。間もなく光石へ下る道に入るが、稜線沿いの加加森山方面への道はか細くなっていた。人通りがほとんどないと思われる。一般ルートは基本的に光岳までだから。阿部君が「加加森なんて行く人はいないでしょう」と言っていたが、池口岳は更にその奥である。ちなみに、日本共産党の不破委員長は山がお趣味で、彼がガイドを付けて光岳へと登られたルートは、池口集落から入って池口岳に至り、加加森山を経て光岳へと至るものだった。私の当初予定した下山ルートを逆から登ってきた訳だ。頂上を出発して5分くらいで光石が見えてきた。これは石というよりも岩といった感じで、高さ2・3mある様だ。静岡方面からこの山を望んだとき、日光がこの石に反射してテカリと光る事から光岳と呼ばれているといわれる(「日本百名山」より)。それにしてもユニークなネーミングで味がある。これに惹かれて登って来る人も少なくないのでは。それとも百名山ブームか。

 引き返して頂上に戻った。阿部君が「僕なんて仙塩尾根なんて通りたくないよ」なんて言っていたが、彼も北岳からここまで来られたのだから大した者である。お互いここまで頑張ってきたが、これからがまた長い。縦走最後の山からそう簡単に終われないのが悔しいというか、辛い所だ。16:20過ぎに光岳を後にし、来た道を戻って16:45にキャンプ地へ戻った。「銀玉水」への水取りは、汲みに行くのに時間がかかる事と、阿部君に言われた通り林道沿いにいくらでもあるという事でやめ、静高平の「金玉水」で汲んだ分だけにした。

クリックで写真拡大
クリックで写真拡大
クリックで写真拡大

 2人はそれぞれテントを建て、中に入った。テントは8張あった。他の山域と比べると少ないが、ここは茶臼岳から往復する人が多いためだろうか。夕飯としたが、この日は翌日の行程が非常に長い上に残り食料が計算できるため、五目飯に加えて牛飯も食べ、味噌汁には乾燥野菜ミックスも加えるといった豪華さとなった。残りの副食を確認した所、バランス栄養食2箱、羊羹4個、エネルゲン粉3袋、水出し茶2包であり、いつもの2倍分使えそうだ。いよいよ明日は「寸又18耐」、19時頃に早くも寝た。



コースタイム(全体はこちら)
時間 地点 コ メ ン ト 高度計
4:57出発
聖平小屋 南岳まで一気に登ってから二重山稜になった。
6:38到着
上河内岳入口 すっかりガスっていて肌寒い。ザックをデポして往復。
6:51出発
6:58到着
上河内岳 あいにく展望はなし。 計測2765m→
校正2805m
7:06出発
7:11到着
上河内岳入口
7:17出発
7:33通過 竹内門 2m位の岩塔の間を通過して行く。
8:15通過 横窪沢分岐 前日聖平キャンプ指定地で会った男性の1人と握手して別れた
8:28通過 茶臼岳入口 茶臼岳まであと僅か。
8:32到着 茶臼岳 ここもあいにくガスで展望はなし。 計測2485m→
校正2605m
8:58出発
9:02通過 茶臼岳入口 道はより細くなる。
9:19到着 仁田池 池水は濁っているが光を反射させていた。光岳から戻ってきた女性1人いた。男ばかりの学生パーティーいた、左側に仁田岳望めてきた。
9:21出発
9:41到着 希望峰 360度樹林に囲まれている。ザックをデポして出発。夫婦1組仁田岳から戻ってきた。
9:55出発
10:09到着 仁田岳 相変わらず展望なし。 計測2555m→
校正2525m
10:18出発
10:28到着 希望峰 昼食。依然として辺りはガス。風もあった。途中ガスが晴れて易老岳や大無間山望めた。光岳から戻って来る者多し。
10:57出発
12:08到着 易老岳 360度樹林に囲まれた広めのピーク。登山者が入れ替わり立ち代りで一時は8人もいた。全山縦走について話す。一時イザルガ岳と光岳望めた。涸れ沢の登り。 計測2250m→
校正2345m
12:44出発
13:45から
休憩 年配の男性が私を抜いて行くが休憩後彼のすぐ後について行く。「全山縦走する人は年に2・3人しかいない」とか。
13:55まで
14:32到着
静高平の水場 縦走路脇の湧水は冷たくて旨い。
14:51出発
14:57到着
センジが原(イザルガ岳入口) 「原っぱ」というにふさわしい草原。ザックをデポして出発。
14:59出発
15:06到着 イザルガ岳 広い頂上からガスの切れ目越しに大無間山塊が迫っていた。後から例の年配の男性も登ってきた。
15:14出発
15:20到着 センジが原(イザルガ岳入口) 途中(建設中の小屋の)資材置いてあった。
15:23出発
15:30到着 光小屋 阿部君が待っていた。すぐ脇のガレの縁からの展望が良かった。小屋でテントの申込をする時ご主人から「ここまで来たからには行くしか」と言われた。テントの場所を決めてから阿部君と共に出発。建設中の小屋の脇を通る。
15:42出発
15:49通過 分岐 左手に行けば寸又川林道方面へ。
15:58到着 光岳 南アルプス最南端かつ日本最南の2500m峰。苦節4年にしてようやく全山達成できた!大学時代最後にして達成した「有終の美」!!「全山縦走万歳!」と叫んだ。「ザック挙げ」!行いこれで全山「ザック挙げ」!達成!!横断幕も掲げて阿部君を含んだそれぞれの記念写真を撮った。ザックをデポして出発。加加森山方面の道はか細い。
16:10出発
16:15頃  光石近く 光石見えた。高さ2・3m程で石というより岩か。そして戻った。
16:22到着 光岳 縦走最後の山を後にした。
16:32出発
16:44到着 光小屋(キャンプ指定地) 水は改めて汲まず。テントを建ててから「寸又18耐」に備えた。

地図1
地図2
3D図1
3D図2
行程断面図

現地案内地図(Mapion)はこちらをクリック





前へ
次へ
本文
アルバム1
アルバム2 アルバム3
現地案内地図
地図1
地図2 3D図1 3D図2 断面図
トップへ
縦走記録へ
山行記録へ