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8月3日(南御室小屋〜薬師岳〜観音岳〜赤抜沢ノ頭(地蔵岳手前)〜高嶺〜白鳳峠〜広河原峠〜早川尾根小屋〜浅夜峰〜栗沢山〜仙水峠〜仙水小屋) 天候:くもり
<縦走2日目鳳凰三山縦走、早川尾根をたどり仙水峠へ>

 この日は全日程(計画において)中最も長く、ガイドブックに載っている歩行時間の合計が11時間を超えるとんでもない日だ。だが、これを越える事で後につながる事となる。しかしながらこんな日程を2年連続でやり抜くことになるとは・・・・・。早くも2時には起き、前日に作っておいた中華丼を食べた。雨はなく、さすがに静かであった。テントは計9張だった。水を汲んでからトイレに行き、暗い中テントを畳み、3:20には出発した。

 ヘッドランプを点灯させ、いきなり急登を行き、林の中の広い道を進んだ。ここはまだわかりやすく、すいすいと進めた。登り詰めると岩が見えてきた。そして岩場に着いたが、まだ暗いので辺りはわかりにくい。岩に付いているペンキ印を探し、たどって行った。「薬師岳0.5km」という標識も見つけ、何とか進んだ。前方にヘッドランプを付けている人の白い光が見え、小屋は近いと思った。最後に樹林帯を抜けて4:30近くに薬師岳小屋に着いた。水はタンクに入っていて、何人か小屋の前にいた。縦走路を挟んで小屋の反対側にはテーブルといすもあった。次第に明るくなってきた。寒く風もあるのでゴアテックスの雨具を着た。薬師岳小屋を出発して僅か10分程で薬師岳頂上に着いた。ガスは多少あったが、富士山が少し見えた。しかし白峰三山の方はガスで見えなかった。小雨が時々混じっていた。

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 岩とハイマツの稜線を進んで観音岳を目指す。薬師岳にいた夫婦も向かって行った。空はすっかり明るくなった。5:30近くに最後の登りを詰めて鳳凰三山最高峰の観音岳頂上に着いた。後ろを振り返れば薬師岳とその背後にある富士山が見え、更に八ヶ岳連峰と奥秩父主脈が望めた。私にとってここは実に3度目となり、登頂回数は大雪のトムラウシ山や岩手山と並んだ。ここ4年間で3回であり、異例である。例の如く、「ザック挙げ」を行ったが、縦走が始まったばかりでさすがに重く、手元がやや崩れてしまった。更に前方右には地蔵岳のピークの岩峰「オベリスク」が、左には高嶺が見えた。頂上には合計5人いた。

 岩の下りを行くが、やや右手斜面よりに進む。左手側は岩が多いが反対側は樹木が多かった。そして地蔵岳手前の赤抜沢ノ頭までの長い登りとなる。鳳凰小屋へ急下降する道を右に分け、更に登っていった。薬師岳で会った夫婦も登ってきた。意外と登りが長く険しく辛い所だ。6:40過ぎに地蔵岳手前の赤抜沢の頭に着いた。男性1人がいた。地蔵岳頂上の岩塔「オベリスク」の天を突いている様が迫っている。オベリスク登りは昨年の時に試したが、あと少しの所で危険だと思い、引き返してきた。今回はここより往復するのを時間短縮のためにやめた。薬師岳で会った夫婦は地蔵岳の方に向かって行った。


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 縦走路を更に進む。少し急に下ると今度は高嶺へのハイマツ帯の中の登りだ。しばらく登り、登りきったら頂上が見えた。会った男性に「しんどそうですね。今日はどこまで行くのですか。」と尋ねられ、「今日は長く、仙水小屋です。」と答えた。何せ100lのザックに多くの食料や装備を詰めて行く様である。緩やかな道を進み、7:50近くに高嶺に着いた。振り返れば鳳凰三山と富士山が見え、眼下に広河原の駐車場や小屋、更には大樺沢が見えた。男性1人が白鳳峠から登ってきた。これから向かう早川尾根はガスっていて見えなかった。

 8:15頃に出発、大きな岩の混じる急な下りを行き、前方に樹林に覆われた赤薙沢ノ頭を望む。更に下ると樹林帯の下りとなった。8:50過ぎにようやく白鳳峠を通過した。左に行けば広河原へ下りられる。峠はちょっとした広場で、休憩に良いが先を急ぐ。樹林帯の急坂をひたすら行く。この辺りはさすがに人がいなくて静かだ。20分程で赤薙沢ノ頭に着いたが、この辺りは展望が開けた。少し行くと再び樹林帯で、アップダウンはない。再び展望が開けて下が石になっている下りとなり、長く感じた。最後は樹林帯の下りとなり、9:45頃にやっと広河原峠に着いた。山渓のガイドブックによると、ここはかつて赤薙沢沿いの登山道を通って北岳を目指すコースの要所であった。そのコースは昭和34年に台風で流失し、更に2年後に野呂川林道が現在の北岳登山口である広河原まで開通したため、未だ修復されていない。この峠もやはり白鳳峠同様の広場となっており、左に行けば広河原に下りられる。私はちょっと休憩とした。赤薙沢ノ頭で会った男性は早川尾根小屋の方へ向かって行った。

 10時過ぎに出発、林の中の急坂をぐんぐん登って行く。あと一踏ん張りで小屋に着ける。コースが緩やかになればあとはひたすら小屋を目指すだけだ。前方に小屋の姿が現れ、10:30過ぎに早川尾根小屋に着いた。昼飯とし、フランスパンにチョコクリームを塗って食べた。小屋の入口のそばにあるベンチに腰掛け、テーブルの上で食べた。管理人さんもいた。近くにある水場で水を補給した。ここも冷たくおいしい水だった。先に来ていた男性は更に先の浅夜峰方面へと向かった。人気はほとんどなかった所だったが、テント1張はあった。ここからこの日の泊場である仙水小屋(幕営)まではまだまだ長く、かといってここまでの行程で終われば少々短く半端な感じもした。「光岳を目指す位なら南御室から仙水までの行程位できなきゃ」と思い、結局この長い1日行程となった。

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 11:30前には出発し、ほんの一登りで早川尾根ノ頭に着いた。三角点標があり、ここを過ぎて少し下ると緩い登りとなった。そして2つ目のピークを越えるといきなり急な下りとなった。一気に下り、下り切った所の鞍部で先に行った男性が休んでいた。そこから急坂が続いた。見通しが利かない上に非常に急な所もあり、しんどい所だ。一歩一歩上がっていくが、登りの途中12:30過ぎに10分程休憩して態勢を整えた。その間に鞍部で休んでいた男性に抜かされた。10分程登るとようやく緩やかになり、ミヨシの頭の辺りまで来れば展望が開けた。ミヨシの頭の所にいた男性が、「早川尾根小屋までどの位ですか」と私に尋ね、「あと1時間位です」と答えた。4番目のピークは巻き、尾根筋がより狭くなった。道が行き詰まったと思って緩い岩盤を登って確かめたりもした。「これを登れば道が開けるだろう」と思った。道が続いているのを見つけ、更に浅夜峰への最後の登りとわかり、あと一踏ん張りだと思って一気に登った。

 13:45頃に分岐に着いた所、先に行っていた男性が下りて来た。彼は浅夜峰から下りて来たと言っていた。2分程で浅夜峰に着いた。頂上は狭く、脇の幾分広くなった所で休憩とし、荷物を置いた。残っていたエネルゲンを飲み干し、水出し紅茶の二番煎じ(?)とした。結局袋が軟らかくなって茶葉が混ざったが。周りの山はガスっていた。頂上から栗沢山の方に少し下ると巻き道との分岐で、先程の分岐から巻き道を通っていくとここに出るのだろう。栗沢山の方に向かっていくと様相が一変し、岩場の尾根道となった。ペンキ印を忠実にたどって行く。辺りはガスってしまった上に雨も降り出した。滑ったり迷わない様慎重に行き、更にコンパスで方向も確認しながら進んだりした。15時過ぎにやっと栗沢山に着いた。

 頂上にはそれぞれの方向を示す分岐標識はあったが、昨年はあった「栗沢山」の標識は消失していた。雨は降り、天気が天気なので長居はできず、15:15頃に分岐標識を確認し、出発した。間違って北沢長衛小屋の方へ行かない様、更にコンパスを使って道を確認した。これまではここから直接北沢峠方面への道を選び、北沢長衛小屋へ下ったが、今回は初めて仙水峠へ下る事とした。昨年よりも忠実に、完璧に尾根を歩き通そうと思ったからであった。急な下りを滑らない様に注意して行った。ハイマツ帯から樹林帯に高度が落ちると雨はほとんどなくなった。更に下ると高い林の樹林帯となったが、行けども行けども峠は見えない。それでもこの長い日程もあと少しだ。そしてやっと瓦礫の集まった仙水峠が見えてきた。16:20過ぎに仙水峠に着いた。

 高さ2mはあろう原口国秋の碑が堂々と立っていた。「峠水仙」と右から順に書いてある所が時代を感じた。ここはガスも雨もなし!甲斐駒方面より中年の夫婦が下りて来た。彼らに「どちらから来たんですか」と尋ねられ、「夜叉神から入って今朝南御室から来ました」と答えた。感心した様子だった。彼らも仙水小屋に行くという。16:30過ぎに出発、巨岩帯であれだけ1日に歩いて疲れた足の裏には応えた。なかなか小屋は見えない。早川尾根小屋を私より先に出発した男性が途中で休んでいた。やがて左側に寄る様な感じで巨岩帯から離れて樹林帯となったが、少しばかり岩のある足元が続いた。峠から25分位してやっと仙水小屋に着いた。今回も昨年同様あの長い日程をやり遂げた。

 やはり林の中に小屋があり、位置的にはこれまでテントを張った北沢長衛小屋の上流に当たる。又、テント場は小屋の裏手の山側にあり、いくつかサイト毎に段になっていた。幕営料400円を払い、テントを張った。トイレは水洗いするやつで、小便器(縦に長いやつ)は出っ放しの水洗で、いずれもTOTOの立派な便器だった。近くに水が出ている流し台があり、下にある北沢長衛小屋の引き水とは違って冷たく旨かった。予想通りだった。テントに戻り、晩飯を作って牛飯と味噌汁、寒天海藻サラダを食べた。テントは6・7張あった。翌日も今日の日程程長くないが、標高差700・800mを登って下りた後にまた同じ位の標高差を登る日程であり、厳しい事には変わりない。20・21時頃には早くも寝た。

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コースタイム(全体はこちら)
時間 地点 コ メ ン ト 高度計
3:20出発
南御室小屋 ヘッドランプを点灯して急坂を行く。
4:29到着
薬師岳小屋 何人か既に小屋の前にいた。次第に明るくなってきた。
4:48出発
4:57到着
薬師岳 ガスは多少あるもの富士山が望めた。白峰三山は望めず。 計測2735m
5:03出発
5:29到着
観音岳 薬師岳や富士山はもちろん八ヶ岳や奥秩父も望めた。三度目の登頂、「ザック挙げ」行うもザック重し。「オベリスク」も見えてきた。 計測2810m→
校正2840m
5:46出発
6:43到着 赤抜沢ノ頭 「オベリスク」迫る。結局「オベリスク」登りは時間の関係等でやめる事に。
7:05出発
7:48到着 高嶺 振り返れば鳳凰三山と富士山望めて眼下に広河原方面が見えた。早川尾根はガス。それから急な下りとなる。 計測2705m→
校正2780m
8:14出発
8:52通過 白鳳峠 ちょっとした広場で休憩に適している。
9:12通過 赤薙沢ノ頭 この辺りで展望開けた。人はいなかった。
9:46到着 広河原峠 かつての北岳登山の要所。休憩に良い広場。赤抜沢ノ頭で会った男性は先に早川尾根小屋の方に向かった。 計測2320m
10:02出発
10:32到着 早川尾根小屋 昼飯及び水補給。テント1張あった。先に来ていた男性は先に行った。
11:24出発
11:31通過 早川尾根ノ頭 それから激しいアップダウンがあった。
12:38から 休憩 急坂の途中で、10分程登ると緩やかとなりやがて展望が開けた。
12:48まで
13:22から 休憩 浅夜峰への最後の登りへ。
13:30まで
13:46通過 巻き道分岐 先行した男性が浅夜峰から下ってきた。(ここはガイドブックの地図に示されていない所です)
13:48到着 浅夜峰 周りの山はガス。頂上は狭い。それから岩稜を進んでいくがガスと雨の様相となった。 計測.2745m→
校正2800m
14:08出発
15:06到着
栗沢山 昨年はあった「栗沢山」の標識は消失。雨も降っていて長居はできず。分岐標識はもちろんコンパスでも進路を確認した。
15:14出発
15:40から
休憩 樹林帯まで下ると雨はなくなった。
15:50まで
16:22到着
仙水峠 原口国秋の碑あり。ガスも雨もなし!巨岩帯で足の裏に応えた。
16:34出発
17:01到着 仙水小屋 昨年同様の超長い日程をまたやり遂げた。林の中のロケーションで水も冷たく旨かった。

地図1
地図2
地図3
3D図1 3D図2 3D図3
行程断面図

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