屋根から尾根へ〜縦走への挑戦〜 www.yaneone.com
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8月13日(寸又峡温泉=千頭=金谷=静岡=東京=秩父=浦山口) 天候:くもり
<寸又峡温泉より東京へ戻り、一路奥秩父へ>

 7時に「恋は水色」のメロディが流れ、そして起きた。ザックも部屋から出し、前日くつろいだテーブルの所に持って行き、しばらくゆっくりした。宿のおばさんに別れを告げるが、料金の方は結構だという。8:30に出発、前日夜暗くてわからなかったが、母屋の遊歩道を挟んで向かいはテニスコートだった。遊歩道をたどって行くと車道に出た。ゲートは鎖となっているが、その奥まで舗装路が続いていた。千頭ダムからだとそこから来る事になるが。寸又峡温泉の案内図があり、ゲートの奥を更に行った大間ダム近くまで遊歩道があることがわかり、夢の吊橋もあることがわかった。近くに雰囲気ある建物のおみやげ屋と軽食コーナーがあり、朝食としてとろろめし(600円)を食べ、食後にお茶アイス(200円)も食べた。そしておみやげに湯の花と寸又峡川根茶3包を買った。

 9時頃に阿部君に会った。彼は前日千頭ダムに下りて寸又川右岸に出たというが、トンネルが暗かったといい、途中ツェルトでビバークしたという。今朝寸又峡温泉に到着し、温泉は光山荘(てかりさんそう)で入ってきたという。私は寸又峡温泉の看板の前で縦走最後のザック挙げをし、続いて横断幕を掲げ、それらを彼に撮ってもらった。公衆浴場の大露天風呂はあいにく定休日となっていた。そして「昔のパチンコ」という看板のお店に入った。手打ちの昔のパチンコ台が並んでいて、2人で玉をもらって打った。ご主人さんがアドバイスをしてくれた。そして店内には昔のヒット曲が流れ、「戦争を知らない〜♪」とかピンクレディのUFO等の曲が流れていて、雰囲気が出ていた。2人は玉がなくなるまで遊んだ。店を出る。

 彼は昼に山菜定食を食べるといい、そのお店に行ってみた所、まだ営業していなかった。この定食は光小屋辺りで聞いた話だった。又、彼は「山を下りた後のビールはジョッキじゃなきゃ」と言った。「山」をとことんやる人は私に限らず大なかれ少なかれこだわりを持っている様だ。温泉街を彼と巡る。彼は山岳会にいて、光岳を初め「ひかりだけ」と読んだといい、「てかり」と読もうと何度も覚えるうちに「ひかり」(と読むべき所)も「てかり」と読む様になったという。そうした所、「ヨード卵光」を「ヨードらんてかり」と読んだら山岳会の人に笑われたという。ぐるっと周っているうちに光山荘の前も通った。この温泉街は大きなホテルはなく、小さな旅館が主体である様だ。そしてバス待合所に着いた。彼は鈍行で東京に行くため、深夜に東京に着くつもりだという。そこで私は彼に奥秩父の方へ移動する事を伝えると、早く東京に戻った方が良いと言う。これではとても山菜定食には間に合わない。次のバスは11:10発、山菜定食のお店は11:30からであった。


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 そして彼と別れ、バスに乗った。結局「山」を取ってしまった訳だ。限られた時間の中で全山縦走のスケジュールを取ったのだから止むを得ないか。車道はほとんど1車線だが拡幅工事を行っている箇所もあった。カーブの連続で渓谷沿いを下って行き、接阻峡温泉からの道と合流すればあとは2車線となる。途中奥泉駅にも止まった。本川根の中心部に入り、11:45頃に千頭駅に着いた。駅前にはアンパンマンの催し物が行われていた。大井川鉄道のもので、他にもアンパンマンのSLマン列車も運行されているという。駅のそばにある電話ボックスから両神村営バスの時刻を問い合わせ、メモした。事前準備に間に合わなかったが、バスを運行している村役場の電話番号は控えていた。昼食だが、駅2階の大食堂にするかカレー屋さんにするか、大食堂は人がいなく、カレー屋さんは結構人がいた。結局カレー屋さんでカレーを食べた。

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 12:45頃の列車に乗ったが、井川行きは別のホームからで、井川行きの車輌が見えたが、小ぶりでトロッコ列車の様だった。途中の駅に止まった時、右側に何とSLが止まっていた。沿線の幹線道路は狭い箇所もあった。又、大井川を渡る時川岸で多くの人が水浴びをしているのが見えた。ようやく金谷市街に入り、14時近くに金谷駅に着いた。ここからJRの東海道本線に乗り換える。普通列車に乗るが、意外と混んでいた。静岡で下り、新幹線特急券を買ってから新幹線に乗り換える。新幹線駅各駅停車のこだま号に乗った。富士・熱海・小田原と過ぎ、横浜を通り過ぎた。終点の東京は16:45過ぎに着いた。

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 山手線に乗り換え、内回りで池袋へと行った。池袋で下りるが、できるだけ早く翌日のための買い出しをし、秩父の方まで移動しなければならない。喉が乾いたため、自販機を探すために地上に出た。そして飲み物を買った。近くのドラッグストア「マツモトキヨシ」があり、入った。テレビのコマーシャルでやっていて名前だけは知っていたが、私の地元にはなく初めて入る事となった。店内はドラックストアにしては非常に混み合っているのには驚いた。そんな中、カロリーメイトを買って備えた。今度は地下に戻り、デパートの地下の食料品売場や惣菜売場で弁当や惣菜を買い込んだ。

 そして18:30頃に西武線ホームに向かい、西武池袋線に乗った。所沢までは急行で主な駅しか停車しなかったが、それ以降は各駅停車となった。終点の飯能まで約1時間、ここで西部秩父線に乗り換えた。これまでと違って車内はがらがらだった。自分の場所を決め、晩飯をとった。すっかり山沿いで、トンネルを抜けてようやく21時過ぎに西武秩父駅に着いた。ここから秩父鉄道の御花畑駅までは乗継でき、歩いて数分の移動である。そして21:30過ぎの三峰口行きの列車に乗り、2駅目の浦山口で下りた。

 この駅の近くにキャンプ場があり、当初はそこで泊まるつもりでいた。だがここは無人駅で、STB(ステビー=駅泊)できそうだとわかるとここでSTBしようと思った。又、都心と同じく自動券売機がしっかりあったものの、トイレは何と汲み取り式であった。運賃は池袋からここまで片道1000円弱ではあるが、距離は70・80km位はあり、雰囲気もすっかり都心離れしている奥秩父風景であった。同じ東京から離れてSTBするなら御殿場線の方に行くよりもこちらの方が良いと思った。こちらの方は運賃も御殿場線で行く方と比べて約半額であり、終電はより早く始電はより遅いのでゆっくり寝られるのである。駅入口の所に周辺案内図があった。ザックを置いて駅からの道を一下りし、国道に出るとセブンイレブンがあった。そこで飲み物や髭剃りなどを買った。そして電話ボックスから盛岡の自然食品店経営の知人に電話をかけ、全山縦走達成とこれから両神山に登る事を伝えた。駅に戻り、早い終電(22時代)をやり過ごしたらホーム庇の下のベンチで横になり、23時過ぎには寝た。




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