屋根から尾根へ〜縦走への挑戦〜 www.yaneone.com
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縦走概要

 南アルプス全山縦断単独大縦走’98は、大学時代最後でかつ最大の縦走となり、一貫したテーマだった「単独縦走の限界に挑戦する」に対し、大きな可能性を示したものだった。大学入学以来数々の単独縦走に取り組み、上のテー マをもとに大雪縦走を達成していった。それに飽き足らず、日本アルプスの縦走に挑戦する計画を立て、まず挑戦したのが南アルプス全山縦走だった。

 南アルプスの北から南まで駆け抜ける大縦走は、大雪縦走よりも一段と規模の大きいもので、鳳凰三山〜甲斐駒ヶ岳・仙丈岳〜白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)〜塩見岳・三伏峠〜荒川三山・赤石岳〜聖岳〜光岳というコースで、何 と10泊11日である(’94年の大雪横断縦走は5泊6日、それも予定より1日遅れて)。それも全日程順調に行ってであ る。
 まず夜叉神峠登山口を出発し、鳳凰三山・早川尾根と駆け抜け、甲斐駒ヶ岳を目指して北西に進む。甲斐駒ヶ岳付 近で赤石山脈に合流し、甲斐駒ヶ岳に立ち、以降最南端の光岳までひたすら赤石山脈を南下していく。仙丈岳を越え、 仙塩尾根を南下し、三峰岳より白峰三山を往復し、しばし赤石山脈を離れる。赤石山脈に戻り、更に塩見岳を越え、北 部と南部との中間点である三伏峠に至る。前年はそこからエスケープし、断念した。今回はもちろん更に南部へと進 む。荒川中岳で南部主稜線に立ち、悪沢岳を往復、更に南部の雄峰赤石岳を越える。聖岳を越え、更に上河内岳・茶臼岳、そして最南端の光岳に至る。最後は予定ではなかったが、約40kmもの林道歩きの末に寸又峡温泉に下山した。

 本縦走の前年にも、ほぼ同じ計画をもとに満を持して挑戦した。が、台風で6日目の三伏峠まで来た所で断念してし まった。それ以来再挑戦の機会を窺った所、うまい具合に得たのであった。大雪縦走以来、自身が低迷したりこのよう に台風にあったりし、全山縦走の達成が遅れてしまった。今回の達成は、悲願だったといえよう。

 天候は一時的に悪くなった事もあったが、だいたいは晴もしくは曇りで、かなりの頂上で眺望が得られた。日本の象 徴といえる富士山も至るところで見られた。そして何より決定的な出会いがあった。聖平キャンプ地で、私と逆コースで の全山縦走者と意気投合したのだった。彼は悪天候に阻まれながらも最終的には達成し、その後もお互いに紀行文な どを送りあった。両神山は全旅程に少し余裕ができたのと、深田百名山40座達成という節目といえる数を達成すべく 登った。全山縦走後東京に戻り、まだ達成していない百名山で最も近い山がこの山だった。


 ’94年に大雪横断単独縦走(石狩岳〜トムラウシ山〜十勝連峰)を達成したが、単独縦走の限界に挑戦すべく、より大きな縦走をやってみたいと思った。できるならこれまで行ったことのない(日本)アルプスで。当時山と渓谷で「北アル プスリレー大縦走」の記事が出ていて、大いに刺激を受けた。まず北アルプスの中で1本の縦走コースでいかに長い縦 走路を取れるか検討した。その結果、穂高岳・槍ヶ岳〜後立山連峰〜日本海というコースが決まった。何より縦走のフ ィニッシュが日本海というのが感動的だ。しかし西穂高岳〜奥穂高岳等、危険なルートの克服が課題となっていた。だ がアルプスは北がすべてではない、南アルプスだってある。こちらも検討した結果、1本の長いルートで全山登れること がわかった。むしろこちらの方がより高い3000m峰が多い。どちらをやるか検討したところ、南アルプスの方を先に行う事とした。

 コースは夜叉神峠から鳳凰三山・早川尾根を通って甲斐駒を往復し、北沢峠より仙丈岳に迫り、それを越えて仙塩 尾根を忠実にたどる。三峰岳より間ノ岳へと回り込み、北岳・農鳥岳を往復してから更に仙塩尾根を南下し、塩見岳を 越えて三伏峠へ。更に小河内岳・高山裏避難小屋を経て荒川三山に立ち、赤石岳・聖岳、ついには光岳に達する全山 縦走であった。この計画は’95年初頭に既に立ち、それをもとに準備していったが、体力や行動があまりにも不甲斐な く、残念なことに甲斐駒手前で中断した。’96年になり、南ア南部の便ヶ島登山小屋までジャンボタクシー便があること がわかった。特に南ア南部は交通の便が悪く、当時は更に崖崩れで畑薙第一ダムまでバスが入らなくなった状況だっ た。それでこのタクシー便を利用して南部から入る逆コースを考えた。しかし’96年も依然体力的に思わしくなく、南ア 全山縦走挑戦を見送った。

 ’97年になり、突然便ヶ島登山小屋が営業をやめた。それによりこのタクシー便がなくなり、夏を前にして急遽計画を元のコースに戻した。結局このコースが昨年・今年と共に計画の元となった。’97年は体もしっかり整え、満を持して臨んだが、今度は台風で断念と相成った。そして今年うまく機会を得て再挑戦できる事となった。昨年と今回の違いでは あるが、昨年は栗沢山から北沢峠方面に下りて峠より甲斐駒を往復したが、今回は栗沢山から仙水峠に下りてそこか ら駒津峰に登ってから甲斐駒を往復する点が一つ。昨年は間ノ岳から農鳥小屋に至ってそこから農鳥岳を往復し、巻 き道を通って三国平に出ていたが、今回は間ノ岳から農鳥岳を往復し、三峰岳に戻ってから三国平に出ると言う点が もう一つである。つまり完全な尾根伝いの縦走となったのである。





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