屋根から尾根へ〜縦走への挑戦〜 www.yaneone.com
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8月28日(札幌=小樽=(船内)) 天候:くもり
<いよいよ北ア主脈全山縦走へ出発、小樽からフェリーで移動>

 8:10頃に家を出発し、地下鉄東豊線で札幌駅に向かった。地下鉄からJRに乗り換え、8:41発小樽行の普通列車に乗った。9:25頃小樽築港で下り、ここまで640円だった。フェリーターミナルへのバスには乗り遅れた様だ。そんなに遠くないので歩く事にした。マイカル小樽を左に見ながらひたすら歩き、9:50頃にやっとフェリーターミナルに到着した。フェリーの乗船券は2・3日前に買ってあるので(5400円)そのまま手続きし、乗船した。フェリーは「らいらっく」号で、ロビーを通過して船室へ向かった。2等船室はいくつかに別れ、D室に入った。そこには2人しかいなかった。10:30にフェリーは出港、11時過ぎに携帯電話から私のホームページ「単独縦走の世界」の掲示板へ書き込みをした。午後には携帯の電波は圏外となった。時々部屋から見える北海道の陸地を眺めた。

 13時頃船室内でおにぎりとチーズで昼食とした。しばらくはそこでゆっくりした。やがて第4甲板の窓際に移動し、持って来た時刻表から縦走及びその後に予定している山に関する路線と時刻を写した。正直準備は慌しく、それは時間のある船内で行ってもいいだろうと思っていた。そして17:30頃に浴室に入った。展望風呂で、外の景色が窓越しに見えるが、窓は小さく開かない。安全上の点では仕方ないが。18:30頃上がった。19時近くにレストランに行き、ご飯と鶏から揚げの夕食とした。レストランは19:30までであった。そして寝る準備となった。22時に室内灯が消灯し、そして寝た。


8月29日((船内)=新潟=直江津=長野=松本=上高地) 天候:晴
<いよいよ新潟上陸、北アルプスの玄関口上高地へ移動>

 4:30に室内灯が点灯、早くも下船準備に入った。いよいよ新潟に入港、分厚い時刻表は邪魔なので、もったいないが燃えるゴミのゴミ箱に捨て、5:30に下船した。大学卒業以来、約3年半振りの本州上陸だった。しかし新潟駅までバスの便がなく、十分時間があるので新潟駅まで歩く事とした。市内にある信号機はやはり大半が縦長だった。国道113号に出るとバス通りとなるが、駅までまだ間に合う事もあり、歩き続けた。でも背中のザックがかなりズシリとくる。6:45頃やっと新潟駅に着き、待合室で朝食を取った。そしてJRの乗車券と特急券を買った。松本までの乗車券が4620円で、直江津までの特急券が1780円だった。更に構内のパン屋で昼食用のパンも買った。

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 7:50発金沢行き北越2号の自由席に乗車し、発車した。田園に見える山は弥彦山か。途中長岡を経由し、直江津方面へと分かれた。長岡を少し過ぎた辺りで沿線にヨネックスの工場があった。やがて海岸沿いとなった。9:30頃直江津に着き、乗り換えとなった。外は北海道と違い8月下旬なのに暑かった。長野行きに乗り換えて出発、車窓から妙高山が見えてきた。縦走が終わり、雨飾山も登って更に時間があれば登ってみたいと思った。新井の次の二本木駅でハプニング、オーバーランがあり少し戻った。いよいよ長野県に入り、右側に黒姫山が、左側に白根山等が見えてきた。11:20頃に長野に着き、今度は天竜峡行きの快速に乗り換えた。約5分後に出発、出発して間もなく沿線にマルコメ味噌の工場があった。そして右側に北アルプスの山が望めてきた。大学時代から憧れてきたあの北アルプスがいよいよ近くなってきた事を実感した。

 12:30近くに松本に到着、駅の跨線橋から北アルプスの山が望めた。新島々へはそのまま乗継となった。12:45に松本電鉄新島々行きが発車した。13:15に新島々に着き、出口の窓口で上高地までのバス運賃を含めて精算し、切符をもらった。そこで新潟からの乗車券を渡した。松本〜上高地までの分が2500円だった。バスはすぐそこで、乗車する時切符を車掌さんに渡した。バスは多くの登山者や観光客で一杯だった。13:25に発車、途中の島々宿からは徳本峠への長いアプローチの入口の看板が見えた。日本列島横断ではそのルートもいずれたどるであろう。そこを過ぎればカーブや工事による交互通行が多くなった。又、トンネル内に分岐があった所もあった。

 上高地に行くのに一般車輌は乗り換えとなる沢渡(さわんど)を過ぎた。そこにはやはり大きな駐車場があった。中の湯の交差点から国道158号と別れる。そこの信号機は縦長だった。これより先上高地までは一般車輌通行止めとなり、車輌通行止めの標識があった。そして通行車輌はバス・タクシーが大半となった。道路はほとんど1車線ですれ違いもゆるくはない。そして大正池や帝国ホテルを過ぎて行った。

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 14:40頃やっと上高地バスターミナルに着いた。新潟から半日掛かり、そして札幌から1日半かかっての大移動だった。辺りは人込みが凄かった。さすがに観光地とだけはあり、南アルプスの広河原とは大違いだ。窓口で登山届を提出し、そして7日分の山岳保険に加入した。7日間で1000円だった。そして出発、バスターミナルより徳沢側に何と郵便局があった。地形図にも郵便局の存在を示していたが。やはりポストがあり、1日1回集められている様だ。ちょっと覗いてみたが、取り扱いは郵便業務のみで貯金・保険業務は扱わないとの事だった。こういう所に郵便局がある程ですからそれだけ人が来ているという事になろう。

 出発して5分程で河童橋に着いた。橋はもの凄い人の数で、ザック挙げの写真を撮ってもらうにはきつかったのでやめた。梓川越しに焼岳や穂高連峰が望めた。そしてキャンプ場へ向かった。手続きをしたが1泊700円で、パンフレットは1刷100円、入浴は男性が17〜18時で400円だった。テントサイトへ移動し、炊事場のそばに場所を決め、設営した。そしてそばにあるテーブルといすでくつろいだ。それにしても猿が多い。上からどんどん登山者が下山して来たが、ほとんど空身といってもいい位だった。18時頃に夕食とし、マーボー飯と味噌汁とした。そして19時過ぎに暗くなった。テントは全部で5・6張だった。トイレは木造の小屋の中で凄くきれいな上に水洗で、イナックスの便器を使用していた。20時過ぎに寝るがまだうるさかった。21時に消灯、やがて静かになっていった。

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